私にとって初めてのリトリートは5年前、女性オンリーのタオのセクシャルワークのグループだった。
あの時の衝撃は温かい愛の体感を伴って今もずーっと身体に残っているが、今回はそれ以来の衝撃だった。
終わってから4日経つが、ざわついて落ち着かないような、いてもたってもいられないような胸の苦しさが波の様に襲って来て、ちょっと厄介に感じている。
アナンガランガはタオのセクシャルワークもしっかりと行うリトリートだったのだが、
セクシャリティーのところって傷や恐れや善悪の思い込みに侵食されているので、向き合うのに勇気がいる。
しかも今回はそういう傷やらなんやらが強く投影されている異性と一緒のワークなのだから、私は大分緊張で固くなっていた。
けれど幸運なことに共にワークをしたのは、繊細さと愛を持って向き合える勇気のある人達ばかりだった。
その繊細さを超えて触れ合う手や身体は、ハートの優しさが染み渡っていて愛しかなく、私は癒された。
そして時にそれはとてもエロティックだった。
お互いのハートとセックスセンターを合わせ、ひと時も離さず相手の瞳をじっと見つめている時、今自分は死にゆくところで、目の前の人に看取って貰っているような感覚に陥った。
抱き合うと、他人だった筈の相手は本当は同じ鼓動を共有していて、そのまま一体になって深海の底を孤独に漂っている様だった。
今思うと、この世界に身体を持って産まれまた去っていく、その一瞬の儚さを感じていたのだと思う。
この時の体感が離れなくて切ない。
私の生命はマッチ棒の火が一瞬で燃え尽きる様なものかもしれない。
でも、だからこそ、その灯りを嘘みたいに煌々と光が満ちるほど照らしてみたいんだ、と思う。
だって私の身体は声が出る限り喜びの声をあげていたいし、身体が動く限り祝福のダンスを踊っていたい。
せっかく生まれて来たのだもの!
身体は愛に溢れている。
(Eriko Dilruba)